僕が彼と別れたのは、夏の少し前だった。
わりとありがちな些細なケンカを繰り返していた僕らはその夜もつまらない言い合いをし、でもどこか安心していた僕は彼の微妙な変化に気付かずに強い口調で言い返してしまった。
だから彼の口から別れを切り出された時は、正直、狼狽した。
僕は慌てて取り繕おうとしたけれど彼の気持ちはとっくに冷めていたようで、突き返されたアパートの合鍵を握り締めて、僕は三日三晩泣き続けるしかなかった。
あんなに好きになって、必死で告白して付き合い始めたのに、壊れる瞬間のなんと脆いことか。
もはや仕事すら手に付かない僕は、すっかり悲劇のヒロインになって陰鬱な日々を送っていた。
今ごろ彼はどうしているだろう?
彼は僕を思い出すことはあるのだろうか?
電話しようとして何度も手を止める僕のように、彼も僕の電話番号を見つめてくれているだろうか?
もう、新しい恋人が出来たのだろうか?
人から見れば馬鹿みたいだとしか言えないような、くだらないことを延々と考えては目を腫らす。
そんな毎日を送っていた僕を心配してくれた友人が、行き付けだと言うクラブに連れ出してくれたのが今日。
クラブは僕の苦手な騒音で満ちていて、お世辞にも心地良いとは言えなかったけれど、僕はそこであの男と出会ったのだ。
そいつは女の子達に囲まれていたけれど、僕には一目で彼が同じ世界の人間だと分った。
一見して遊び人風の、上背のあるいい男だ。
やたらと量の多い茶髪の前髪を気にしながらシニカルな笑みを浮かべ、周囲の喧燥で全く聞き取れない会話に適当に相槌を打っている。
外見は少しも似ていないのに、そんな投げやりなところがどこか彼に似ていて、僕はその男から目を離すことが出来なかった。
「あいつは、やめとけ」
僕の視線の先の人物を見て、友人が忠告する。
「エラく遊んでるって評判だ。女とも、男ともね」
「だろうね」
僕は視線を外し、どちらかと言うと不味い部類に入るカクテルを一気に飲み干す。
「ここ、頭が痛くなる。悪いけど、帰るよ」
店を後にした僕は、人もまばらな繁華街を抜けてコンビニに立ち寄った。
まだ耳の奥がジンジンしていて、僕は溜め息交じりの深呼吸をする。
「せっかく誘ってくれたのに、悪かったよなぁ・・・」
とりあえず次回はもう少し静かな店で遊ぼうと友人宛てのメールを書いて、送信ボタンを押す。
表示された送信メール一覧の宛先に彼の名前を見付け、また少し悲しくなった。
未練を断ちきるように待ち受け画面に切り替え、携帯をポケットにねじ込む。
ふと顔を上げた僕は、雑誌の棚の向こう、ガラスの外で手を振っているさっきの男に気付いた。
いつもの僕なら、そうそう簡単に見知らぬ男に付いて行ったりはしない。
でも、今夜はなんだか断る気力も萎えていて、僕はその名前も知らない男のマンションまでのこのこ付いて行ったのだった。
どこか彼に似た雰囲気も、その気分を手伝ったのかも知れない。
いや、そうではない。
口に出すと恥ずかしいのだけれど、僕の心はまだヒロインモードに入っていたというのが正解だ。
別に運命の出会いを信じているとかそういうわけではなくて、これは自傷行為の一種だ。
いかにもな男と関係を持つことで、自分を傷付ける。
そしてこの狭い界隈で、その噂が彼の耳に入る。
結果、彼は僕を心配してくれるのではないか。
馬鹿な僕は、そんな愚にも付かないことを考えていたのだ。
本当にくだらない、僕。
こんなことだから、振られたんだよな。
最低。
「シャワー浴びてくる」
そう言って入ったユニットバスのトイレで排便を済ませ、僕はその奥のシャワーブースに入った。
そこには湯船が無く、シャワーだけが取り付けられている。
「・・・なんだこれ?」
それはヘッド部分が無いと言うか、棒のような形状の先端にいくつか穴が空いただけのシャワーヘッドだった。
奇怪な形に眉根を寄せた僕は、それでもお湯が出ることを確認すると、シャワーを浴びる。
そこへ、あの男が入ってきた。
細いが鍛えられたいい身体をしている。
サロンで焼いたのだろう、日焼けは全身をくまなく小麦色に染め、腰の辺りにも境目が無い。
濃い目の茂みの下にぶら下がっているモノは、身体に相応しく立派な逸物だ。
「ここでしようぜ」
既に半勃ちになっている肉を俺の尻に押し付け、男が後ろから抱き付く。
僕は答えなかった。
実際、どうでもいいと言う気分だった。
気分的にはどうでも良かったのだが、僕の身体は愛撫にしっかり反応している。
男は外見通りやたらと上手くて、首筋を舐められたり優しいタッチで乳首を転がされたりしているうちに、まだ触れられてもいない股間の肉が熱を帯び始める。
脇腹のくすぐったい場所をしつこくさすられ、いつしか僕はくぐもった声を出して尻を男の下腹に押し付けていた。
「感度いいな、お前」
ハスキーな囁き声で耳朶を震わせ、男の指が僕の皮を剥いて敏感な皮膚を摩擦する。
尻がきゅうっと引き締まるほどの快感が体表を覆い、弄ばれる肉までが悦びにひくひくと蠢いている。
先端を執拗にこすったかと思えば、肉棒を皮をずり動かしてしごき上げる愛撫で、僕は完全に歓喜の中に叩き込まれた。
今すぐ漏らしてしまいそうな快感がどっと押し寄せると、男は根元をきつく押えたまま愛撫のポイントを別に移してしまう。
石鹸のぬめりを帯びた指先でアナルをくじられ、射精させてもらえない肉が苦し気に口をひくつかせた。
「もう勘弁してくれ・・・早く入れて・・・っ」
鳥肌が立つほど追い詰められた僕が懇願すると、男はいいよ、と囁いた。
「その前に、中を綺麗にしよう」
人肌より温かい金属の棒が、僕の中につるりと入り込んだ。
「っ!?何をっ」
「動くな。怪我するぞ」
僕の股間からシャワーのホースが延びている。
僕の尻に入っているのは、あの奇妙なシャワーヘッドなのだ!
「やめろ、そんなこと!」
だが、僕の制止は流れ込んできた液体によって簡単に中断されてしまった。
激しくはないが確実な流れが、僕の中に注ぎ込まれている。
「ゴム無しで入れるんだ。清潔にしとかなきゃな」
腹をさすられ、僕はうっと唸って前かがみになった。
その間もどんどん温湯が容赦無く注入され、僕の腹の中はどうしようもない排泄欲求でいっぱいになった。
さっき排便は済ませたけれど、出し切れなかったモノが出てしまう。
今日会ったばかりの男にそれを曝け出すなんて、僕には耐えられそうもなかった。
「離せっ」
すぐ側の便器に移動しようと、僕はノズルを持つ男の手を握った。
「そうだな。そろそろ出すか」
男はそう言うとあっけなく器物を引き抜く。
「・・・・ぅあっ!」
その瞬間、僕は抜かれた刺激で抑制が効かなくなり、大量の汚水を派手な音を立てながらぶちまけた。
「あ・・・ぁ・・・・っ」
尻を締めようにも一度吹き出してしまった流れは止まらず、細かい固形物の混じった黄色い湯が、僕を叩きのめすに十分な惨めな音と共に排泄される。
「なんだ、あんまり入ってないな」
「見るな・・・・っ」
からかうような口調に、僕は顔を真っ赤にして抗議する。
「見ないと、どこまで洗腸したらいいか判断できないだろう?」
「やめろっ・・・あっ!」
まだすべてを出し切っていないというのに、再びノズルが僕の中に埋められた。
圧迫感と焦燥感の連続で、吐き気がしそうだ。
「頼むから、抜いてくれ・・っ」
「だめだ。代わりに少し楽しませてやるよ」
ノズルの角度が変わった。
「んぅあぁ・・・っ」
前立腺を押し上げる位置に差し込まれたノズルから、どぼどぼと湯が湧き出している。
流水が前立腺を叩いて、僕は腰をくねらせて切ない悲鳴を上げ、萎えかけていた肉棒を一気に固くした。
「それ、イヤだ・・・っ。あっ・・そこ、突かないで!」
クロームの棒が僕の中を掻き回し、突き上げ、抉る。
しかも引っ切り無しに注がれる湯のせいで、僕は激しい排泄の渇望に耐えようと尻を引き締めるしかないのだ。
「出るっ、出ちゃうっ」
「どっちが?」
意地悪く囁きながら、男は腹を叩いている僕の肉棒を握ってしごき上げた。
「あぁひっい・・っ!」
前後からの責めで下腹全体に力が入り、括約筋とノズルの隙間からそれこそシャワーのように湯が吹き出した。
それなのに、男はノズルを抜いてくれない。
相変わらず後ろから突き上げられ、前の肉を揉み込まれ、僕ははしたない声で散々わめきながらおこりにかかったように全身を震わせる。
尻を締めると固いノズルがはっきりと感じられ、注ぎ込まれる湯の愛撫が性感帯を絶え間無く刺激する中、僕の羞恥心や理性はすっかり吹き飛んでしまった。
洗腸のためのノズルで犯され、イってしまいそうなのだ。
そんな惨めなことだけは避けたくて、僕は陵辱者に尻をくねらせて哀願する。
「そんなのじゃなくて、入れて・・・っ・・・早くっ!」
ノズルが引き抜かれたのとほぼ同時に、太くて長い肉棒が僕を貫いた。
「ぁ、ぁぁああああああっ!」
中に溜まっていた湯が結合部分からどっと溢れ出し、色の薄い滝を作る。
液体と肉の圧迫感は今まで体験したどんなセックスよりも激しくて、僕は尻を突き出して泣き声みたいな悲鳴を上げる。
まるで遠慮の無いピストン運動が始まったが、何度も絶頂付近まで追い込まれていた僕の尻は、柔らかく寛いで男の肉棒に纏わり付く。
「イく、もう、出るっ」
僕はあっという間に上り詰め、濃い目のザーメンを飛ばす。
目の前が真っ白になるほどの悦びが、楔を穿たれた場所から脳天に向かって駆け抜けた。
その後、さらにベッドで2回、イった。
さすがにぐったりしている僕の髪を撫で、男が唇のすぐ横に口付ける。
「やめろよ」
顔を背けると、男はちょっと悲しそうな顔をした。
「なぁ、鈴木・・・」
なおも顎に触れる指。
だが僕は、名前を呼ばれたことに驚いて後ずさった。
僕らはお互い、名乗っていないのだ。
「勝手に人の物を見るな」
財布の中の免許証を覗かれたと思った僕は、自分のジーンズを引き寄せながら男を睨んだ。
「そうじゃない、そうじゃなくて。お前、俺のこと分ってて来たんじゃないのか?」
僕より一回り太い腕の持ち主は悲痛な表情になり、急に身体まで小さくなったように思える。
「どういう意味だよ?」
「佐々木だよ。俺、J組の、佐々木」
言われてやっと、坊主頭の高校生と目の前の男が重なった。
野球部だったか。いや、バスケ部だ。
「・・・・・思い出した。僕の教科書に悪戯書きした佐々木だ」
「そうそう、その佐々木」
佐々木はほっとして微笑み、僕の側に寄る。
「借りた教科書にマンコマーク書くなよ。お陰で迷惑した」
「悪い。お前の気を引こうと思ってさ、あれでも色々考えたんだ」
はあ?と僕は首を捻った。
気を引くってことは、つまり。
「俺さ、今日、お前が俺に気付いてくれたんだと思って、めちゃめちゃ嬉しかったんだぞ」
「無理言うなよ。佐々木の印象って坊主頭が強すぎて」
「確かになー。どうだ?毛があれば結構イケてるだろ?」
佐々木は自分で言った言葉に照れ、鬱陶しい長髪をぼりぼりと掻く。
あれほど荒々しいプレイを強要した男と同一人物とは思えない、妙に可愛い顔だった。
結局僕らはそれ以来、時々会っている。
それが運命の出会いを信じるほどヒロインモードだったせいなのか、それとも単にプレイが気持ち良かったせいなのか、理由は定かではないけれど。
相変わらず佐々木のすることはめちゃくちゃで、でもそれは確かに僕を喜ばせようとしている結果らしい。
僕は儀式のように、携帯から別れた彼の電話番号を消し、メールもすべて消去した。
「我ながら情けないほど、ヒロイン気分なんだよな・・・」
自嘲気味に口に出してはみたけれど、僕の声は明るく踊っていた。




