ブラウン管の白人美青年・・・陣によるとジョバンニというらしいが
・・・の痴態を見て俺はたまらなくなり、来て早々だがオナニー
をしてしまった。陣の見ている前でするのは恥ずかしかったが、なん
だかこの男の目には有無をいわせない何かがあり、俺は初対面の場で
下半身をさらけ出した。陣は、ジョバンニを見つけたときよりさらに
目を丸くした。
「・・・凶器・・・!」
冷や汗を一筋たらして、陣がつぶやいた。
「こりゃ、テイッシュじゃなくてバスタオルがいりそうだ」
その一時間後、俺と陣は寮の近くの食堂にいた。思ったより中国の食
堂は汚くない。かわいい小姐(=ウェイトレス)が笑顔で出迎
えてくれた。壁には映画のポスターがある、きれいな店である。メニューに
は漢字がずらりと並んでおり、さっぱりわからない。
「そのうちここの水にも油にも慣れますよ・・・とりあえず、日本人
好みのメニューを頼みましょう」
陣が慣れた口調で、小姐と冗談を話しながら料理を注文する。
ここの常連らしい。アルコール度の低い中国のビールが運ばれてくる。
なお、冷たいのを出せといわないとぬるいのが出てくるのはご愛敬。
前菜は、トマトになんと砂糖をかけたものだ。俺は驚いたが、食べる
と美味である。陣が自己紹介をはじめた。なんでも彼はすでに五年い
て、今年二十三才。語学留学生である俺とは違い、本科の方で新聞学
を学んでいるらしい。ただし社会主義国家の新聞学なんてまったく面
白くない、授業には出てないよと彼はいう。じゃあ何をやってるのか
と聞くと、
「そのうちわかるよ・・・」
と怪しく笑っただけであった。
料理が次々と運ばれてくる。ユーシアンロウスー(細切り豚肉の炒め
もの)、タンツウパイグゥ(揚げ豚バラ肉の甘酢あんかけ)、マーラ
ードウフ(マーボー豆腐とほぼ同じ)、ヤンチョウチャオファン(五
目チャーハン)・・・それらをうまそう に食べながら、陣はいろいろ
教えてくれた。
学校の話、旨い店、若者向けのディスコ、大規模デパート、服屋が並
ぶ路地などの生活情報から、上海の現状や公安の話まで、彼の話は尽
きない。そしてビールをぐいっと飲み干すと、陣はジョバンニの話を
切りだした。
「喰うんなら、早い方がいいですねぇ・・・」
陣が目をぎらりと輝かせる。
「ここ数日が勝負でしょう。友達が少なく、授業にも本格的に出てい
ないときがね」
俺は直感的に感じた。陣は、拉致するつもりだ。しかし、俺にためら
いはなかった。陣という男、俺の解放されない性欲の底なし沼に眠っ
ていた嗜虐性を呼び覚ましている。
「一人部屋は好都合です」
陣が豚の骨をバキッと噛み砕く。
「授業に出なくて退学になったとしても」
陣がビールをあおる。
「メイウェンティー(没問題=問題なし)です。公安にも入国管理局
にも知り合いがいます。彼は留置所にいることにしておきましょう」
俺は背筋が寒くなった。冷静に話す陣に対してもそうだが、金とコネ
でどうにでもなる中国という国に対しても。しかし陣は、やはりただ
の一学生には見えない。
「しかし、どうやって・・・」
「メイウェンティーです」
陣が俺の言葉を遮る。
「カンカン(看看=見て下さい)。この国は道に全く電灯がない。闇
夜で人をさらうのが、どれほど簡単なことか・・・」
陣が歯をむき出して笑った。気のせいか彼の目が野獣の目に、彼の歯
が猛獣の牙に見えた。あなたはやけに冷静に考えてますね、という俺
の問いに対する彼の答えは、
「所詮・・・美味い料理を喰らうが如く、ですな」
短い一言だったが、それで充分だった。
結局決行は入学式後の週末になった。それまで、ジョバンニはみんな
と変わらない新入生オリエンテーションを楽しんでいた。京劇や雑技
団を見、留学生食堂で食事をし、デパートに買い物にいった。さりげ
なく行動を監視していた俺には、ろうそくの最後の輝きの如く彼の日
常がまぶしかった。
あの屈託のない少年のような笑顔がどうなるのか・・・俺は悲劇を想
像してはオナニーに耽った。
陣が、どのような方法を使ったのかはわからない。しかし、新入生歓
迎パーティが行われたホテルのディスコからの帰り道、留学生ジョバ
ンニはこの世から消えた。俺が部屋に戻ると、狭い部屋の狭いベッド
には、ジョバンニが安らかな吐息を立てて寝ころんでいた。本当に、
少年のような寝顔であった。しかし、まぎれもなくビデオの中の彼で
もあった。
とてつもない殺気と喰欲のいりまじったオーラを背中に感じると、ド
アの前には陣がいた。
「調理器具を取ってきました」
陣が、大きなリュックサックとスーツケースを床に置いた。
「さて、今回の喰材はどうでしょうねえ・・・」
彼は興奮を抑えながら、リュックからロープと猿轡にするであ
ろう布を取り出すと、ジョバンニに歩み寄っていった。



